病気自慢をしてもねえ?!

DSC00001.JPG2010年6月24日 15:43

 今週火曜日ジムの後虎の門病院で耳鼻科の診察を受けた。
 私は虎の門と言えばがんの検査だと思う人が多いだろう。が、しかし、実は一番長く通院しているのは耳鼻科なのだ。全身麻酔の手術だってがんの前に左耳の内耳手術をやっている。耳鼻科で虎の門に通っていたから自然に人間ドックの検査を虎の門病院で受け、結果大腸がんの存在が判明した。という訳で耳鼻科の病気は私の命を救ったのかもしれない。そう思うと耳の病気ーメニエル病だってまあ許せるよねえ。
 しかし、このメニエル病というのはそう半端なもんじゃない。これはこれで相当に苦しい思いをして来たのだ。最初はある時ゴルフ場でスイングをしようとした瞬間背後でなく虫の音が気になった。振り返って背後を見たけど一面芝生が広がり虫がいそうな木立は無い。何だろうなあ??本人は訝しく思いつつもそれで忘れてしまった。ところが、帰りの運転する車の中でまた虫が鳴いているのだ。私はキョロキョロ車内を見回した。だけどそれらしいものは見当たらず。
 これが私の身に耳鳴りが発生し始めた初めての日だ。
 やがて難聴になり左の耳は電話も使えないようになって来た。
 メニエル病は耳鳴り、難聴、めまいの三点セットである。
 それぞれの症状がどれもかなりきつい。
 まず、耳鳴り。これは耳の内部にセミ100匹を飼っているように感じる。とにかくうるさい。これが24時間なっているんだから堪らないんですよ。深夜寝ようとするとシーンと静まり返った部屋の中で私の耳の中、というより頭の中ではジェット機が何十機も飛び回り出す。
もうとても寝るどころの話じゃない。こう言う日が続くと頭の中の騒音に脳がかき回されて発狂しそうになる。これはウソでもなんでもなく本当に気が狂うんじゃないかと恐れた。
 しかし、睡眠導入剤などで強制的に眠らせてしまうと、その辛さからは解放される。だから早く寝てしまおうとする。眠ると意識を失うのだから耳鳴りを感じずに済むという訳だ。
 こう言う日々を繰り返しているうちにそうかこれが自殺者の心理か!?
 納得する。私も正直に言うと何度か自殺への誘惑を感じた程だ。
 つまり、あまりの辛さのあげく永遠にこの辛さとさようならしたくなるんですね。
 私は割としぶといんで踏みとどまったんだけど、このプロセスで自殺者の心理が内部から分かった気がしましたね。それでどうしているのかと言うと、この苦しみからのただ一つの出口は人間が持っている偉大な機能『慣れる』ということなんです。慣れることで次第に日常は忘れていることがあります。これが救いなんですね。慣れと忘却、これが無ければ多くの人が発狂しているはずです。
 もう一つの問題は、 こう言う耳の苦しみは外見的には何ら問題は見えず、誰の同情もひか
ない。一見した所普通の人に見えるんですね。
 難聴も辛いんですよ。相手の声は聞こえているんだけど意味が取れない。何を言っているのか、分からない。最初は気になっていたけど最近はもう放ってある。聞こえなかってもいいや。どうしても聞かせたいことなら相手がもう一回言って来るだろう。ただ、居酒屋、パーティなど皆がわいわいがやがややっている所は苦手ですね。それから店によっては無神経にバックグラウンドミュージックを大ボリュウムで流している店。腹立ちますね。君は健常者だから分からんだろうが、人によっては苦痛に感じている人もいるんだよといいたい。
 次に頸椎の異常。これは42歳の折、アメリカの新聞社に職場留学をしたことがある。
 その時下宿のお兄ちゃん、キャッチボールをしようと言ったらビュンビュン速い球を投げて来るんだ、これが。よーっし、負けるか!!ここで妙な日本人的ナショナリズムを出したのがいけなかった。投げた瞬間に首のあたりでグキッ!!と妙な音がしたんです。それから左の手が痛くなり、痺れたようになった。帰国して病院や整形外科あらゆる所を回った結果、MRI検査の結果、頸椎の5番と6番の頸椎がズレて神経を刺激している。これを治すには手術しか無いが、万一間違うと下半身が麻痺してしまうこともあります、と医師が宣言。それで私は諦めました。一生この痛みやしびれとつき合おうと思いました。以来28年間私は左手の親指と人差し指は痺れ放し。ボタンが掛けられないのが不自由だけど、これも「慣れ」ですね.今ではあまり気にならなくなった。
 という訳で現代医学で治らないメニエル病と左手の痺れを抱えて生きて行くしか無い。
 がんは何とか手術などで治療出来るけど耳鳴りを最新の医療でも治せないというのだから
こりゃもう諦めるしかないですね。
ナーンテ病気自慢してみても始まらないわねえ!
 ま、ボチボチ生きますかねえ。


投稿者:鳥越 俊太郎